hamachangのブログ

ダイアリー

彼女は僕の事を1年前から好きだったと言ってくれた。さっき梅田から帰る電車の中で、その事を考えてしまって泣いてしまった。

僕が以前想っていた人のことを、彼女も見ることができるSNSでずっと呟きまくっていた。それに、彼女と食事をした時にも、以前の文通相手のことを話していたと思う。(しかし、あの人に恋をしてしまった事は後悔していない。失恋したけれど、良い思い出だ)その時彼女はどんな気分だったろう、俺は彼女の気持ちに気付かずそういう振る舞いをしてしまっていた。

思い返せば、そういう経験は俺にも今まで何度かあった。中学とか高校の、まだ未熟な子供なりにも辛かった事を思い出した。そんな思いを彼女に長い間させていた事を想像すると涙が出てくるのだ。どんな気持ちで僕の話を聞いていたのだろう。申し訳なく思う。これから俺がするべきなのは彼女のことをずっと愛し続けるという事だろう、クサいセリフが非常に恥ずかしいが、実際こういう事だと思う。だが、彼女を愛することに過去の振る舞いに対する贖罪の気持ちは殆ど無い。

僕が彼女を愛するのは彼女が好きだからであって、決して反省とかそういう意味でなく純粋な彼女に対する気持ちからなのだ。僕は彼女をこれからも好きでいるだろう。

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講義が終わり、帰宅すると彼女が。知ってはいても帰って誰かが迎えてくれると嬉しくなる。  

今日の俺はずいぶん頑張った。アパートで彼女と過ごす時間はいつもより特別であり、こたつに入って彼女の手を握りダラダラと過ごす。ここに書くわけにはいかないが、今日の俺は頑張って我慢したと思う。俺は彼女を愛しているからこそ、接吻をしたいと思うし彼女を抱きたいと思うのだ。しかし、性交渉は2人で一心同体となって取り組むべきだと考えている。その為、俺の身勝手な性欲によって行為に臨む事はできない。相手を大事に思うからこそ、俺は耐えたし耐えることが出来たのだ。

正直な話、俺は性欲が強い方だと思う。しかしそこらへんのアホな大学生の様に、盛りのついた犬の様になるのは嫌なのだ。お互いのことを尊重しながら進めて行くべきではないか。これはコミュニケーションだ。今日俺がこの理性を持ってして自制できたのは彼女に対する思いがそれを上回ったからだと結論づけても良いだろう。それに、愛するということは一緒に食事をしたり旅行をしたりただお喋りをしたりというだけでも表現できるものだ。お互いの身体を求める事だけが愛情の形ではない。堅実に、交際を続けたい。

童貞風情が講釈を垂れたが、今日の俺は彼女に甘えすぎた。情けない。自我を出しすぎた。しかしそこらへんを歩いているオバサンもオニイサンも恋人との時間はこのようにして過ごしているのだろうか。分からない。

とかく、俺は性に関してはなるべく相手の事を考えながら進めたい。難しい課題であり誰も触れたがらない話題だけれど、かなり重要度が高いテーゼだと感じている。というか今日は(も)口が臭すぎた。大反省。頭もでかいし

 

フム。

縁あってある人と交際する事になった。

僕が失恋したときに良くしてくれた(と勝手に思いこんでいるが)のでその時辺りから何となくその人の事を考えるようになった。その後も何度か会って色々と話したのだが、これ以上微妙な関係を続けてしまうのも申し訳ないと思い僕から申し出た。もちろん彼女の事が好きだと感じてからだ。

しかし、性格も見た目も僕などには勿体ないような人なので、なぜ好きになってくれたのか不思議だ。僕の何処が良いのだろう。僕は今まで片思いをしてフラレたことしかなかったし、学校でも女性から好意を寄せられたことなど無い。恥ずかしくてなかなか聞きづらいが、機会があればまた聞くことにする。

恋人という存在がいる状態を成人して初めて経験して何とも妙な気分なのだが、とにかく彼女と仲良く楽しくやっていけるよう精進しよう。